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創業135年の老舗企業が変化し続けられる理由 ㈱カクイチ 代表取締役 田中離有氏 2021/8/18

今月の経営者勉強会は、株式会社カクイチの代表取締役社長 田中離有氏にご登壇戴いた。
田中氏はグループ総売上350億円、従業員600名、株式会社カクイチの5代目社長としてグループ企業を牽引している、創業135年の老舗企業の5代目社長だ。
農業用資材からスタートした企業を、ホテル、太陽光発電へと多角的な事業に展開し、業績をあげている。

一見、異業種展開のように見えるが、創業当時からの「日本を農業で元気にする」という一貫した理念で連結されており、イノベーションの要にしたからこそ、創造と革新、成長が促進された。

創業135年の老舗企業がどう変化を遂げてきたのか。
遠心力と求心力をコントロールしながら、ミッションをパッションに転換し成長し続けてきた企業のノウハウを伺った。

田中 離有
株式会社カクイチ 代表取締役社長
昭和37年生まれ
慶応義塾大学卒 ジョージタウン大学MBA修了

株式会社カクイチ 代表取締役社長
カクイチ建材工業株式会社 代表取締役
株式会社カクイチ製作所 代表取締役社長
株式会社岩深水 代表取締役社長
株式会社シリカライム 代表取締役社長
アンシェントホテル浅間軽井沢 取締役社長
株式会社アクアソリューション代表取締役社長
SGDsファイナンス株式会社 代表取締役社長

「日本を農業で元気にする」
事業創生エコシステム

わが社は、明治19年に長野県にて創業した銅鉄金物商「田中商店」がルーツになります。
終戦後、3代目の社長である父、田中健一が、小売業を鉄の問屋業に、更に1963年にガレージや農業用物置事業を興し、製造業へと会社を転身させました。

また、農業支援の一環として、農業・土木用の樹脂ホース製造も開始、40年前に樹脂ホース事業を米国に進出させたことで、現在、日米生産量ナンバー1の樹脂ホースメーカーとして成長しています。

東日本大震災で試された理念

創業から現在まで、わが社には「日本を農業で元気にする」という一貫した理念があります。

その理念が試されたのが、東日本大震災です。

未曽有の大災害時に、我々が提供できるものは何か、どうすれば日本に役立つことが出来るかという視点で、原点に立ち戻り考えた結果、災害時でも安心できる空間と、再生可能で環境に優しいエネルギーの大切さに至りました。

そこで創案したのが、自社が製造していたガレージの屋根に太陽光パネルをつけることです。
非常用電源の確保と同時に、発電した電気をわれわれがまとめて電力会社に販売することで、ガレージのオーナーは弊社の無料メインテナンスサービスを受けながら、電気発電の賃料をがられます。
これは我々にしか出来ないことだという使命感を抱き、発電事業をスタートしました。

太陽と水のビジネス

更に、我々は考えました。
これからの日本に必要なものは何か、
我々にしか出来ないことは何か。

我々が提供したカクイチの倉庫は一軒も倒壊例がなかったことから、災害の安心安全な空間の提供、その屋根にソーラーをつけることで、非常時でも稼働する電気の供給が出来ます。
もう一つ大切なことは、安全な水と食の提供です。

滋賀県岩間山の花崗岩を採掘していた鉱山から、超軟水の地下深層水が湧きだすことを知り、全国に通信販売する事業を始めました。
たった一か所の源泉から、毎分80リットルしか採取できない貴重な水なので、経済的事業メリットはありません。
それより、日本の大切な水源を守り、次世代に継承せねばという想いで始めました。

日本中の我々のガレージが、小さな発電所としてクリーンエネルギーを生みだす、その場所が災害時の安心ステーションとして機能するという我々のビジョンに賛同して下さった農家さんが、現在では約15000世帯あり、彼らと共に現在122メガワットものクリーンエネルギーを生みだしています。

そこで生み出された利益は、農家さんに還元しなければなりません。

農家さんに、より安全な農業を提案出来ないかと考えて立ち上げたのが、ナノバブル(超微細な泡)の発生水を農業に活用する、アクアソリューション事業です。

ナノバブル水とは、水道水を超微細な泡にしたもので、それを農業に用いることで、農薬の量を軽減し、生産量を落とさず品質を向上させ事が出来ます。
但し、水だからの難しさもあり、土壌や環境・気候により用い方は様々で、そのノウハウを集積しAI化することで、最適な灌水タイミングが割り出され、秀品率も向上します。

そのノウハウを蓄積し、誰もが出来るように情報を共有することで、脱ケミカルの活用法が確立できれば、日本の食の安全が実現され、日本の農業をより元気に安全なものに出来ます。
太陽光にナノバブルテクノロジーという太陽と水の力を循環させたビジネスモデルこそ、100%循環型エネルギー社会の創出ではないかという想いで、プロジェクトを推進させています。

基軸理念があることで、自然に発展する

創業からの理念「日本を農業で元気にする」、それがどうすれば達成できるか、困難な事が起きても必ずその理念に立ち戻ったことで、新しい事業が自然発生的に生み出され、事業環境がその都度更新されてきました。
事業エコシステム循環には、われわれのような中核になる理念がないと循環しないと思っています。

アメリカのビジネススクールでは、どうすれば儲かるかという教育を受けました。
そのため、儲かる時は大躍進しますが、儲からななくなると、企業の存在意義がなくなるので、欧米の企業寿命は短いように感じます。

私は、事業を継承したとは思っていません。
私が継承したものは、「日本を農業で元気にする」という創業者の想いです。
継承したものは事業理念です。
そのため、私が目指すビジネスモデルは、どうすればその理念が達成できるのか、どうすれば相手のためになるのかという視点で常に考え、その理念に誘導されることで、新規事業が自然に生み出されたように感じています。

災害にも強いスペース自体が再生エネルギーをつくりだし、そこで生み出された資金を用いて、水を用いた脱ケミカルの農業を興すことに循環させ、安心安全な自立型の地域社会を創りだす。

不透明な時代において、
明確な未来への提案の一つではなかと思うのです。

アンシエントホテルから始まった更なる経営改革

2009年に、今までにないホテル経営を行う事になりました。
本社が長野で創業の地であることから、軽井沢とも縁が深く、軽井沢の国立公園内にあるホテル支援の話が持ち上がりました。
ホテル経営の経験がない我々にとり、未知の領域であり、多くの困難を経験した事業でしたが、それが新たな空気を会社全体にもたらしたように感じています。

創造と変革には、それまでの事業とは真逆の事業を行うことも大切だ

製造業としてわが社が大切にしてきたことは、お客様を第一に考えたサービスの提供、信用、高い品質です。
ホテルも同じですが、ホテルと製造業が絶対的に違う点は、100人のお客様がいたら、求められるものが100通りであり、提供できることも100通りだということです。

物置きやホースなど製造品も、顧客により当然ニーズも違いますが、弊社の商品群の中から顧客に選択して戴かなければならないというのが、製造業の限界です。

しかしホテルは、スタッフ自身がサービスの製造者であるため、様々なサービス(商品)を提供することが出来る、無限の可能性があるのです。

提供できるものは、有形、無形があり、ホテルそのものの誂え(あつらえ)も大切ですが、それと同じ位大切なものは、「しつらえ」であり、おもてなしの心です。

おもてなしとは「表なし」。裏表のない、澄み切った心でお客様をお迎えする気持ち、それを、気持ちをリセットし、新たな気持ちでお客様と接する必要があるのです。

ホテルマンとしての経験も大切ですが、経験以上に大切なことは、お客様の気持ちになって考える、相手の気持ちになって考える視点であり、これこそが多様性を認め合う時代のイノベーションに必要な感性ではないでしょうか。

コーヒーが不味くても、経営者が口にしてはいけない

創業時の話ですが、私は自分のホテルが提供するコーヒーを美味しいとは思えず、変えるべきだと感じていました。
社員にそれを指示することは簡単です。しかし私がそれを指示すると、いつまでも気づけず成長が止まってしまい、それは、社員が自主的に気づく機会を奪ってしまう事でもあり、人材の大いなる喪失だと考えました。
そこで、コーヒーの不満を伝えることを辞め、スタッフが気づくのを待つことにしました。
勿論その間に、コーヒーが不味いと言って立ち去る客もいるでしょうし、サイトへの書き込みもあるかもしれません。

しかし私は、スタッフがお客様に日頃丁寧に接していた姿をみていたので、彼らを信頼し、「気づき」を待つことにしたのです。

ホテルスタッフの仕事はコーヒーを淹れることだけではありませんし、コーヒーはほんの些細な業務の一環かもしれません。
しかし、その些細な事に気づき、ひとつひとつの仕事を丁寧に、お客様の気持ちになって考える姿勢こそが大切であり、そのようなスタッフを育成するには、信頼をもって見守るしかなく、自分の社員を信頼する自分を信じるしかありません。経営者としての腹のくくり方でもあります。

勿論、私は最高のサービスを目指しています。
決して美味しいとは思えないコーヒーを出すことが良いとは思っていませんし、製造業では、ガレージのネジが緩んでいるのをみて、放っておくことなどありえませんが、ホテル事業を製造業と同じように考えてはいけないと思いました。

ホテル事業は、お客様が日常生活からリセットできる、寛ぎの空間の提供です。
それには、スタッフがお客様が求めている距離感とぬくもりを自分で感じ、自然に当然のことのようにできる人材教育です。
つまり、スタッフそれぞれがサービスの製造者でもあるのです。

製造会社の経営者とは、まったく違う視点を持たない限り、成り立たない事業だと考えました。

自分たちが常識に捉われると、お客様にも自分たちの常識を押し付けてしまいます。
私たちが目指すべき最高のサービスとは、「相手のことを考え慮ること」
それは、欧米系の一流ホテルにもマニュアル化出来ない、和の精神です。
100人いれば100通りのおもてなしがあり、正解も不正解もありません。

それこそが、軽井沢の国立公園内に一軒だけ営業を許されたホテルにふさわしいサービスであり、ホテル素人の私たちにしか出来ないサービスだと考えました。

新しい事業を創造するには、従来の考えをゼロリセットすること。
短期的利益は頭の隅に置き、その事業にかかわるスタッフが楽しみながら自己成長することを見守り続けない限り出来ないと思います。

その結果はどう評価されたのか。

2021年、アンシエント軽井沢は、トリップアドバイザーの小規模ホテル部門で、アジア第2位、世界第9位という評価を戴きました。

人と人が繋がる空間こそが未来を創り出す

この数年、従来の物置き販売スペースを、多くの人が集まり、情報が行きかうコミュニティスペースをとしてリニューアルしています。
Agriculture(農業)Aqua(水)建築(Architecture)の情報拠点になるべく、A-SITEと名付け、現在、全国67か所あるA-SITEを、地域の農家と地元の方々を結ぶ場として、マルシェや勉強会など地域に根差した活動を通して、様々な情報の発信の場として展開しています。

・脱ケミカル。食の安心・安全
・農業が憧れの職業になるための情報発信
・異常気象に適応した農業(勉強会)
・生産者と消費者を繋げる空間
・流通改革・食料自給率のアップ
・社会における農業の役割の再認識

A-SITEは販売店ではありません。地域の農家と地元の方々を結ぶ場所、心を繋ぐプラットフォームの場です。
そこには、ホテル経営で培ったノウハウでもある、居心地の良い空間と、場の提供を目指しています。

・相手の気持ちになって人の話を聞ける場所
・誰かのために働きたいと願い、何かを生み出す場所
・縁・出会いを大切にする場所
・日本の農業を元気にする場所

日本の農業は、次世代が夢を持たない限り、未来はありません。
若い人たちが農業に参入し、農業にイノベーションを起こす場として、A-SITEが地域ベンチャーの発信拠点になればと願っております。

老舗企業がベンチャー出来る理由

日本企業の多くは、エビデンスがあるか否か、有名知識人が提唱しているかなど、過去を分析して自分たちを納得させ、論理的に方向性を導き出す「大人の視点」です。

我々は、未来から逆算して、面白いものか、夢中になれるか、人を動かす魅力があるかという視点で、直感的・感性的に考え、例えリスクがあっても必ず学ぶものがあると捉え、何度もチャレンジを繰り返すという「子供の視点」を心がけてきました。

勿論、135年の間に様々な試練困難もありましたが、その都度、子供の視点で見直すことで、複雑化していた問題を簡素化し、解決してきたように感じます。

そしてもう一つ大切なことは、135年の重みがあるからこそ、勢いや流れに上手に乗ること。
そうしない限り、伝統や老舗には重みがあるため沈んでしまいます。

正解も定石もない時代だと言われていますが、
自然と共生したいと願う、農耕民族の日本人の原点は変わりません。
新たなテクノロジーを活用しながら「農業で日本を元気にする」という理念を未来に繋げていく。
それこそ、我々にしか出来ない事業です。

よい仕事をする、よろこんでいただく。
そのくりかえし、くりかえし。

先代からのこの言葉こそ、次の世代に私が継承していくものだと思っております。

 

株式会社カクイチ 代表取締役社長
田中離有

文責 東京エグゼクティブ倶楽部事務局

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