先日(12/12〜12/14)、素晴らしい方々と共に
出雲へ行く機会をいただきました。
共に出雲を廻らせてさせていただいたのは、
私の上司であります鈴木先生ご夫婦
建築家の宮内智様
世界各国で活躍する写真家の増浦行仁様
私が鈴木先生ご夫婦と共に東洋哲理を学ばせて頂いております亀山眞一様
まず、このような方々と時間と空間、そして経験を共有させていただけること自体、
私にとって奇跡的な事です。
出雲にある様々な神社に足を運ばせて頂き、
参拝させていただいたのですが、
今回は、増浦様のご縁で
出雲大社にて正式参拝させていただいたときのことを
お書きしたいと思います。
出雲へ旅立つ前に、
「出雲大社で正式参拝をさせていただけることになったんです」
と、日本の神道に詳しい方にお伝えしたところ、
「そんなこと有り得ないです!」と、仰っておられ、
出雲大社で正式参拝を許されるのは、
宮司の方など、神社関係者の方々がほとんどだそうです。
なぜ、今回こうして正式参拝をさせて頂く機会をいただけたかと申しますと、
今回出雲の旅をコーディネートして下さった写真家の増浦様は
伊勢神宮・出雲大社の遷宮の際に、内部の写真の撮影を許された
世界で唯一の写真家であられ、その方とのご縁から正式参拝をさせていただくことになったのです。
出雲大社にて参拝をさせていただいた日の早朝
天気予報は雨
早朝から増浦様の引率の元
まず訪れたのは「万九千神社」
ここは、古くより出雲国の神在祭(毎年の神在月、旧暦十月)に、
全国からお集りになられた八百万の神々が最後にお立ち寄りになり、
神議りと神宴(直会)を催され、同月26日ここ万九千神社からお旅立ちなさるという
非情に出雲大社との縁のある神社だそうです。
ここでまず通常参拝を行い、
移動車に乗り込み出雲大社へ向かう道中
とても不思議なことが起こりました。
出雲大社に近づくにつれ、
突然風が吹き始め、大雨が降り出したのです。
雨の中の正式参拝になるかもしれない、
車中でそんな会話をしていたところ、
出雲大社の方向の見ると、そこに二本の大きな虹がかかったのです。
何度も出雲へ行っておられる増浦様も、
このような出来事に遭遇したのは初めてだそうで、
非情に驚かれておられました。
出雲大社に到着すると、先程までの風と雨はピタリと止み、
雨に振られることなく、正式参拝を行うことができました。
大社内(出雲大社の正式名称は「いずもおおやしろ」)に入ると、
厳かな空気間に包まれ、一同誰も写真を撮ろうとせず、
肝心な出雲大社内の写真をお見せできず残念です。
参拝前夜、増浦様に「神の気配」についてお話をいただいたので。
以前、このテーマでハーバード大学にて講義を行った事があるそうです。
神々の気配は、自然の中に在り。
風が吹き、雨が降る。
それこそ当に神々の気配そのものだそうです。
そんな話を聞いていたこともあり、
誰も大社内ではカメラを取り出しませんでした。
正式参拝は厳かな空気間の中で行われ、
参拝後は宮司さんに、大社の話を約30分程お聞きさせていただきました。
出雲大社は60年に一度、式年遷宮を行うと一般的に知られておりますが、
正確に言うと、「約60年に一度」だそうです。
この遷宮の伝統と技術を如何に継承していくか?
これが、非常に困難だと、宮司さんは仰っておられました。
というのも、次に遷宮を行う際に、
前の遷宮を知る者が誰もいなくなるからだそうです。
伝統と技術という「変えてはならない物」
それを次世代へ継承していくために、継承方法を「変えていく」
以前は、紙媒体(文字や絵)であったものが、
データによって記録を残すようになり、
現在では最新の映像技術を駆使し、記録を残しておられるそうです。
また、その記録をどのように保存するか?
についても、非情に苦心されているそうで、
というのも今使われているデータ保存様式が
次の世代まで使われている保障がないからであります。
「常に先を見据え、伝統を積み重ねていく」
「変えてはならないものを守るために、革新し続ける」
出雲大社のその姿に、
日本人が忘れてはならない思想を学びました。
今、社会は「グローバル化」へと大きく進んで行っています。
言うなれば、変革の時代
しかし、その中で守り続けなければならないことがあります。
「グローバル化」を進めていくために
私たちは、東洋哲理を学び続けなければいけないと、
そう深く感じ入りました。
そして、今回旅を共にさせて頂いた方々とのご縁が
さらに強いものとなったように感じた、出雲の旅でした。
今回素晴らしきご縁をいただきました皆さま
本当にありがとうございました。
拝
須賀大貴
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